ぼくら家族は庭でつづく / 育休エッセイ最終回

ぼくら家族は庭でつづく 育休エッセイ最終回

 一升餅を背負わせようとすると、重さでうつ伏せの状態から動けなくなり、顔を真っ赤にして泣きじゃくる。なのに、テレビに夢中になっている間に装着させたら、軽々とつかまり立ちをしながらリズムよくお尻を動かしている。

 動画に飽きたらテーブルに座らせ、食事のあとに小さなケーキを差し出す。痛快なくらい両手でもみくちゃにし、甘いとわかると手やお皿をぺろぺろなめまわす。ストローで水を吸うたび「うばっうばっ」と、おそらく大人の「うまい」を真似ている。

 息子が一歳になった。
体重は倍以上になり、同じテーブルでご飯を食べられるようになり、家中どこでもつかまり立ちをし、手の届かないところの方が少なくなった。今年初めまでキッチンで沐浴していたのが信じられないくらいに貫禄のある姿で湯船に浸かり、ピシャンとお湯の表面を叩いて水しぶきをぼくの顔に浴びせては、ほくそ笑むユーモアさも出てきた。

 年を重ねるにつれ、誕生日を迎えても感情が波立つことは減っていくが、息子の一歳の誕生日は格別だ。無事に生きらえたことに胸をなでおろし、気持ちが華やぐ。

 息子は見ちがえるほどに成長した。親のぼくは、どうだろうか?
夫婦そろってスリムになり、ふたり合わせると11キロ減量したことしか、目に見える変化は思い浮かばない。他にもなにかあるだろうと、気ままに書きつづけてきたエッセイを見返す。 

 お産の日、面会することもできなかった待ち時間で、いてもたってもいられず書き始めたのがきっかけだった。育児の合間の息抜きにちょうどよく、せっかくなら読んでくださる方にも発見の種を届けていきたいと筆を進めてきた。中盤からは、じぶんがどう変わっていくのか、じぶん自身が読みたいという感覚になり、気がつけば40本になっていた。

 まだことばが話せない、自然物そのもののこどもと接する時間は、ぼくにとって新しい発見で満ち溢れていた。それは、まったくちがう基準で成り立つ、異なる世界がぶつかりあう場だったからだと思う。

 言語と非言語
 こどもとおとな
 伝統と未来
 あたまとからだ
 自然とテクノロジー
 都会と田舎
 

 パーマカルチャーには「エッジこそが生産性の高いところ」という考え方がある。
黒潮と親潮ぶつかり合う潮目が、多様な生物の生育場になるように、ぼくの庭でも雨水が流れる道の際や、杭を打った根本の土壌は、エネルギーの塊のような場所になり植物が旺盛に育つ。

 子育ては、まさにエッジ、たくさんの際が存在していた。もともとことばの世界に偏重していたぼくにとって、ことばではどうしようもない無力さを感じることもあれば、感覚の外に出る、自由につながる入り口でもあった。

 息子は新しい世界へ、ぼくは世界と出会い直しながら、たがいに自身の領域から一歩ずつ外に出るように、手探りで育んできた変わりつづける場所。家庭という庭、庭そのものだった。 

 庭が刻々と変化していくように、なにが変わったのかを容易には言語化できないくらい、ぼく自身も変わりつづけた日々だった。ただ、変わったと明瞭にことばにできるのが、ひとつある。

 息子につけた「織」という名は、できるだけ意味を込めずに、響きが気に入って決めた名前だったが、いっしょに生きた時間の中で、ぼくとってのその名の意味が生まれ始めた。

 異なるものを織りなし、新しい世界への一歩をふみ出す。息子自身にとっての名の意味は、自ら見つけてほしい。けれど息子にとって、彼とぼくの間の際があたらしい発見や希望で溢れるような、そんな大人でぼく自身がいつづけたい。そう決心させてくれる名前へと、ことばが育っていった。

 ことばが通じなかったからこそ、ことばが育つ時間だったのではないか、と今では思う。生まれてきてくれた息子と、すべてのエッセイの最初の読者であり共同作者でもある妻に、最大級の愛と感謝を込めて、一年間の育休エッセイを終わりにします。

©︎kengai-copywriter 銭谷 侑 / Yu Zeniya
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