先人の肩に乗る / 育休50-51週目

先人の肩に乗る 育休50ー51週目


 「あなたもですか」
なにか会話を交わしたわけではないが、町が主催する親子イベントに男性の参加者がいると、勝手に親近感が湧く。

 保育園に入る前に、ちょっとでも社会性を育めたらと思い、人と出会える場に連れていく機会を増やしている。平日のイベントは女性の参加が大半だが、ぽつぽつと男性の姿も見かける。

 もともと一年間育休を取得することに何の抵抗もなかったわけではない。
ただぼくの周りで、育休を経験した男性たちは口を揃えて「取ってよかった」と言うし、復帰後もますますその人らしいキャリアを描いている人が多いように見えた。

 もうすぐ一年が経とうとする今、迷うも何も、親族が近くにいないぼくらには必要だったと思う。そして取得して良かったと強く感じた具体的な瞬間もあった。息子がズリバイで家中を駆けめぐり「ママしかダメ」期に突入した生後9ヶ月を過ぎたころ、妻から「まとまった時間がほしい」と頼まれたことがあった。

 ぼくは寝室で、あらゆるおもちゃを総動員させ、息子の注意を母の存在からそらせた。数時間くらい格闘した感覚でも、時計を見ると10分しか経っていない。そんな時空の歪みになんども翻弄されながら、妻に時間をつくろうと試みた。

 のちにリビングで再会した妻は「あぁ人間を取り戻した気がする」と吐露し、「すぐまた会いたいなぁと思っちゃった」と息子に微笑んだ。(オレは?)と情けない問いが頭をかすめかけたが、それ以上に男性が育休を取る意味はパートナーの人生のためでもあるのだ、とつくづく思い知らされた。

 妻が人間発言をしてから、息子が泣いたり求めたりしないときも、自ら働きかけて遊ぶようにした。今でも「ママしかダメ」シーンは多々あるものの、遊び相手としては認めてくれているらしく、ぼく一人でも対応できる時間が少しずつ増えている。

 子育てを中心にしながら、お互いの協力でじぶんたちの時間もつくろうと試みる。変わり続ける息子の状況にあたふたしながらも、ぼくは日々の発見を育休エッセイとして書き続けることができたし、好奇心のまま普段読まないような本を読むこともできた。

 どうやっても妻には負担をかけてしまうし、すべてが手探りだったけれど、今までのどの一年間よりも、ぼくの書くことばが変わった一年だった。ことばになる前の人生観のようなものまでもが変わってしまった。

 家族かキャリアか。子育てを女性がするか、男性がするか。
AかBかではなく、あたらしいCという可能性をひらいてみたい。じぶんの人生にどんな選択肢が良いかよりも、次の世代に希望をつなげられるかが、より大きな意味を持つようになった。ぼく自身が身近な先人たちから希望をもらったように。

 ある夜、寝室で息子を寝かしつけていた妻から、リビングにいたぼくにメッセージが来た。
「あ!!!なんと」。

 いつもよりテンションが高い文面に、何かあったのかと思い「どうしたの?」と送る。即座に「きょう何の日?」とレスポンスが返ってきた。

 きょうは9月29日。あっそうか結婚記念日だったのだ。今まで一度も忘れた年なんてなかったのに、見事なまでに失念していた事実に仰天し「すっかり忘れてた!」と送信する。

 「ふたりとも完全に抜け落ちてたね」テヘヘの顔文字が添えられて返ってきた。妻が怒っていないことにホッとする。後世に想いを馳せるよりも、まずじぶんたちの記念日のことをしっかりやれよ、と自分自身に突っ込みたくなる。

 育児休業の文字にある「休」とは程遠い一年だったけれど、記念日を忘れていたのを笑い合えるくらいに、充実した時間だったと思う。ぼくら夫婦は結婚9年目に入り、息子はもうすぐ1歳になる。

©︎kengai-copywriter 銭谷 侑 / Yu Zeniya
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