息子がはじめて靴を履いて、庭や家の周りに出た。
少し前までは歩くなんて想像もできなかったのだが、ある日突然2、3歩歩くようになり、つぎの日には10歩、1週間も経つと家中を歩き回るようになって、満を持しての散歩デビュー。
抱っこしながら散歩していたときは、さほど自然に興味を示さなかったので、「どんな反応をするだろう?」と思いながら、庭にじぶんの足で立たせてみる。
すると、降りたった場所の土をさわさわ触る。小さな雑草を触り、葉をちぎる。落ちている枝を持つ。最初は半径30センチ内で遊んでいたが、じょじょに範囲をひろげていく。
「んっんっ」と言いながら、水仙の花を摘む。落ち葉がカサカサ鳴るのを確かめながら踏む。ここまで半径1メートルくらい。さらに範囲を広げて、いろんな葉や木を触ったり、白い石に着目したり、でこぼこな道は妻に支えを求めながら、庭の奥のほうへと向かっていく。
野生のキョンのフンがあったので、息子を持ち上げて引き返そうすると、まだ家には帰りたくない様子。駐車場に降ろしてあげると、石を拾って別のところに置くを繰り返しながら、敷地から私道へ出ていく。濡れているマンホールを触る。乾いた側溝に降りる。つぎつぎと遊びを編み出しながら、気がつけば家から50メートルは離れたところまで来ていた。
なにを思ったのか、道路に寝そべり、網戸にとまった昆虫みたいにジッと静止する息子。車が滅多に通らない辺鄙なところに住んでいる特権だと思い、そのまま側で見ていることにした。急にゆったりとした時間が流れる。しゃがんでみると、晴れた2月のアスファルトは意外と生温かい。
ともに歩んでくれる人がいるから、人は歩く速度を緩めることができるし、いつもは目に入らない自然とも出会えるのかもしれない。はじめて散歩ができたことに少ししみじみとしながら、息子の姿をスマホで撮影していると、とつぜん起き上がり「おっおー!」と雄叫びをあげて駆け出す。
片手に手さげポーチを、もう一方の手にはスマホを持ちながら、終始こどもの動きに右往左往しているぼくの姿を見た妻は、「『はじめてのおつかい』の撮影スタッフだ」と笑った。
帰宅すると、息子は疲れていたのかすぐに昼寝した。妻はランチにカレーを食べたあと白米をおかわりし、塩を振りかけて「塩ごはんがうまい」と言った。カレーに失礼だぞと思ったが、息子も妻もおつかれさま。その日以降、息子の強烈な散歩欲に、なんどもスタッフとして駆り出されることになる。
©︎kengai-copywriter 銭谷 侑 / Yu Zeniya
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