おっぱいストライキ / 育休17週目

おっぱいストライキ 育休17週目

 昨日までできていたことが、急にできなくなることがある。
息子が、哺乳瓶でミルクを飲まなくなった。全身をのけぞらせ、唸るような声を出しながら嫌がる。哺乳瓶に入れたクスリや漢方薬は飲むのに、なぜかミルクだけを拒否する。

 じぶんがつくったミルクを拒否されると、地味にショックが大きい。きっとぼくの内側の奥深くにある母性が傷ついているのだと思う。わが家では、母乳とミルクの混合育児なので、どうにか一日に必要なミルクの量は飲んでもらいたい。ことばが通じないからこそ、知性とクリエイティビティを結集しての総力戦。一つひとつ試すことで解決策を探っていく。


 まずは味。ふだんは『ほほえみ』という粉ミルクを使用しているが、ちがう種類の『はぐくみ』や『すこやか』を試していく。けれど、飲ませようとしても舌で押し返してくる。なんども繰り返すと、顔を真っ赤にして、過呼吸になるくらい泣きわめき始めてしまう。この調子では、ほほえみはなく、はぐくまれもせず、すこやかでもない。

 次に、タイミングを試す。夕方のお腹がペコペコに空いているときを狙って与えてみるが、飲む気配はない。一日の合計摂取量もガクッと下がってしまう。一時休戦。朝方の寝ぼけている隙を狙い、おっぱいに見せかけて哺乳瓶を口に入れてみる。そうすると多少は飲む。やがてミルクだと気がつくと不服そうな顔をして、痺れを切らすと暴れ出す。

 しばらくは寝込みを襲うしかない。ぼくは母性に蓋を閉じ、嫌われ役を買おうと決意したとき、「哺乳瓶の乳首を温めたら飲んだ」という体験談を、妻がSNSで見つける。さっそく人工乳首をしゃぶしゃぶみたいにお湯に浸し、それを哺乳瓶にとりつけ、息子の唇へと運ぶ。

 するとファーストタッチの反応は良い。その後も、嫌がるときもあるが、入り口から拒否されることは減った。飲んでる最中に不穏な気配を感じたときは、乳首をしゃぶしゃぶと温め直し与える。それを何回か繰り返し、ときに体勢を変えるなどフェイントも交えながら、最後まで飲んでもらう。

 おそらく息子は、舌で感じる乳房のぬくもりが好きだったのだ。母乳に味が近いミルクを飲むさい、人工乳首に温度を感じないと、息子のこだわりが顕著に表出したのだと思う。そういえば最近、何でも手に取って、舌でぺろぺろと舐めるようになった。発達の過程で、舌が敏感なお年頃をむかえていたからこその行動だったのだろう。おっぱいの感触を求めて、息子が起こした立派なストライキ。

 ぼくらが「どうしたらミルクを飲んでくれるんだ」と思い悩んでいるとき、息子は息子で「どうして叫んでもわかってくれないんだ」「何回嫌がれば伝わるの」なんて思っていたかもしれない。

 これからも息子が発達する中で、からだやこころが敏感になり、たくさんの障壁とも出会うのだと思う。
「前進しているところだけに目を向けるべきなのかもね」とぼくが話すと、「すべてが前進!」と妻は答える。できなくなったこと、できないと新たにわかったこと、それらは人が前進したことで生まれる成長の証。そう捉えてみると、一見ネガティブに思えることも、やさしく包み込みたくなるような気持ちになってくる。

 またここ最近は、舌だけではなく、目の発達も著しい。人の動きを目で追いかけ、じろじろと観察してくる。ぼくの頭にウルトラマンセブンみたいな寝癖がついていたある朝は、頭部をもの珍しそうに見つめていた。
 「ぼくの生え際が後退ぎみなのも、ぼくが前進しているからだね」息子に語りかけると、台所にいた妻が「そこは踏み留まって」と、ぴしゃりと言う。

 息子の前進と、ぼくらの総力戦はつづく。

©︎kengai-copywriter 銭谷 侑 / Yu Zeniya
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