おれー5キロ=おれ / 育休38-39週目 

おれー5キロ=おれ 育休38ー39週目

 いつの間にか5キロ痩せていた。
久しぶりに会う人からは「痩せましたね」と声をかけられる。ビデオ会議の画面越しでもそう言われるので、見た目にも変化があったのだと思う。けれど、ダイエットをしたわけでも、特別な運動をしたわけでもない。

 おそらく食事が変わったからだ。妻は授乳期から栄養バランスを心がけるようになり、息子の離乳食を始めてからは、さらに緑黄色野菜や魚を食べる量が増えた。鍋や電子レンジで温めてすぐに食べられるような、時短でつくれる食事を中心にしながらも、栄養はしっかりと摂るレシピのレパートリーが豊富になった。

 たとえば忙しい朝にインスタント味噌汁を使うときは、出汁粉や切り干し大根などを入れて、カルシウム・亜鉛・鉄も摂るようにする。そんなちょっとした工夫の積み重ねで、いつのまにか体重が減っていったらしい。

 変わったのは、食事だけでない。
洗濯事情が変わった。洗濯機を縦型からドラム式に買い替え、すぐ横にランドリーラックをつくった。毎日、干す・畳む・しまうを繰り返していたが、今ではドラム式洗濯機に入れる・乾燥したらそのまま棚に放り込む、という動作に置き換わった。

 庭も変わった。隣家との境に高低差があり、これから息子が歩き出すと危険なのでウッドフェンスを取りつけた。また水深が1メートル以上あった溜め池も、きれいに土砂で埋めた。そこには、まるで最初から植わっていたかのようにすぐ草が生え始め、キョンや猫の足跡がついている日もある。

 ぼくの体重も、家も庭も生態系さえもトランスフォームしていく。そのすべての変化は、たったひとりの人間がそこにいたから。まだ会話もできない、歩けもしない、ひとりではご飯も食べられない息子。でも彼という存在が、まちがいなくこの世界を変えている。今この瞬間も。

 人がそこに存在する。ただそれだけでも、だれかに影響を与えてしまう、世界に変化を与えてしまうのだと気づかされる。みずからの存在意義を表した肩書きやパーパスなどを掲げなくとも、その人の存在そのものに生きているという事実に、すでに意味があるのだ。

 それはきっと息子だけではない。じぶんがいることでも、否応なくだれかの人生に影響を与えてしまっている。そう思うと、一つひとつの出会いや一つひとつのことばを、もっと大切にしたくなってくる。

 「痩せましたね?」と言われるたび、しっくりくる返答ができなく、毎度どぎまぎした時間が流れてしまっていた。けれどじぶんの存在が、その人にこの世界に影響を与えている。そう思うようにしてからは、「5キロ分、世界を広くしておきました」と答えるようにした。

 キツネにつままれたような反応をされたこともあるが、その一挙一動だって息子がいなければ生まれなかったものだと思うと、悪い気はしない。

©︎kengai-copywriter 銭谷 侑 / Yu Zeniya
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