チェーン店ができない町で / 育休36-37週目

チェーン店ができない町で 育休36ー37週目

 人口が5万人いかない町には、チェーン店ができづらい。あくまで肌感だけれど、外房に住んでいると5万人がひとつのラインだと感じる。

 ぼくが住んでいる一宮町は1.2万人。隣接するいすみ市でも3.7万人。Uberはないし、宅配ピザも圏外だ。ピザーラやミスタードーナツを食べたいときは、車を30分走らせて茂原という外房の主要都市まで出向く必要がある(といっても8万人ほどの田舎町なのだが)。

 チェーン店が少ないぶん、独創的な個人店が多く生息している。たとえばパン屋だけでも千差万別。フランスの料理教育機関ル・コルドン・ブルーを首席で卒業したパン職人さんによる『ラトリエ・ソフィ』、夫婦で移住し起業されているドイツパンとケーキの専門店『Punkt』、さまざまな天然酵母を起こすところからパンをつくる『人舟』。挙げれば枚挙にいとまがないくらい個性的なお店がある。

 都会よりも固定費がかからないので、尖ったビジネスを追求しやすいのだと思う。営業形態もさまざまで、土日しか営業しないお店や、自宅の一角を店舗にしたスモールビジネスも多々。お子さんを育てているお店は、夕方に「送り迎え休憩」みたいな休み時間もあって微笑ましい。

 東京にも好きなお店はあったけれど、田舎で暮らすと、ひとつのお店が人生にとって大きな存在を担っていると気づかされる。「このお店がなくなってしまったら、ぼくの日常も町の風景もがらりと変わってしまうなあ」と心から思えるお店がいくつもあるのだ。

 小さなこどもがいると外食や買い物からはどうしても足が遠のくが、店主が柔軟に対応してくれる個人店には、気軽に足を運びやすいのも良いところ。マニュアルにあるような画一的なサービスではないので、予測もしていなかったやりとりが生まれることがある。

 ドイツパンとケーキの専門店『Punkt』に、息子を抱えて2週連続でサンドイッチを買いにいったときは、店主が「おかえり」と出迎えてくれた。そんなことを言われたのは、学生時代に行った秋葉原のメイド喫茶以来。先日、オーガニックショップ『いすみや』に足を運んださいは、「田舎でのびのびと子育てをしている夫婦の感じが出ていてよいですね」と店主に声をかけられた。

 その口調がやさしくて、あたたかい気持ちになった。自宅に帰ってから、改めて「どういうことなんだろう?」と夫婦で話す。ぼくは半袖半ズボンで夏休みの少年みたいな出で立ちで、妻はぼくのTシャツをゆるく着こなし、ラフな格好をしていたからかなと話していると、ふたりの会話を遮る声がする。「ピーヨ、ピーヨ」。家のすぐ横に、鳥が巣をつくったらしい。

 本棚にあった野鳥図鑑を広げてみると、ヒヨドリだということがわかった。
その時、「鳥の名前ひとつ知っただけで、幸福になっているじぶん」を発見して、のびのびとはこういうことかもしれないなと思った。道ばたの草花、空に舞う鳥や昆虫、息子にはじめてできた背中のほくろ、ひっそりと佇む小さな個人店。人はのびのびしていないとその存在たちを容易く見逃してしまう。

 時たま起こるすばらしい幸運よりも、日々に起こる小さなことから生まれる幸せ。些細なことから、折に触れ浮上する好奇心や知識欲、驚きや感動。そのどれもが、のびのびとボーッとする心の土壌がなければ生まれない。

 ただ、子育てだけでもあっという間に一日が過ぎるのに、ついついいろんなことに手を出してしまうじぶんもいる。バタバタと忙しなくしていると、息子はぼくの顔色をよく窺う。そういうときは申し訳ない気持ちになる。こどもが安心してボーっとできるくらい、のびのびと心の余裕をもっていたいなと思う。ついつい忙しくしてしまう貧乏性なのだけれど。

©︎kengai-copywriter 銭谷 侑 / Yu Zeniya
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