菌をゲットせよ / 育休42-43週目

菌をゲットせよ 育休42ー43週目

 息子が揉みくちゃにされている。
足先から顔面まで全身を弄られ、一向に止む気配はない。息子は眉をひそめているが、床にお座りをし、背筋をのばして状況を窺っている。

 その堂々とした姿が、火に油を注ぐ。息子は身動きがとれないよう身体を固定され、乱雑に足の裏をくすぐられる。妻とぼくは冷静さを装い、でも内心では「早くこの嵐が過ぎ去りますように」と願いながら状況を見守る。

 息子を弄んでいたふたりの少年は、ふと閃いたように、口に咥えていた棒アイスを息子に食べさせようとする。そこでようやくぼくは止めに入る。「まだ食べられないんだよ」

 ぼくらは妻の実家のダイニングテーブルを囲んでいた。6歳と3歳のわんぱくな甥っ子たちが、興味津々でちょっかいを出していたのだ。こどもの遊びにはなるべく干渉しないように平静を保とうと励むが、ずっとハラハラしていた。

 でもさすがに、甥っ子がアイスを食べさせようとしたさいは、「守らなくては」と防衛本能が働いてしまった。まだ固形のアイスを噛む歯がなかったのと、また3歳まで虫歯菌の感染を防げれば虫歯になりにくいという話を聞いていたのも理由だ。

 嫌味なくその場を収めることができ、きっと甥っ子たちには楽しい場として終わったはず。けれど、ぼくにはモヤモヤが残った。悪気のない甥っ子たちに「息子に触らないでほしい」とさえ思ってしまったじぶんに対してだ。

 もし当時の状況に戻ったとしても、同じ振る舞いをしたと思うし、ベストな対応だったと頭では納得している。では身体に残るこのモヤモヤはどう消化したらよいのだろう。

 それからひと月が過ぎ、自宅のダイニングテーブルを家族3人で囲んでいる。離乳食は順調に進み、食べる量が増えたが、それに反比例するようにうんちの回数が減った。息子はいわゆる便秘を患っていた。

 定期的に小児科へ通院しているが、すぐに根本解決は難しく、筋肉と腸内環境が育つことを待つことになった。初めて知ったのだが、腸内細菌の種類とバランスは3歳までに決まるという。じつはこどもが何でもペロペロと舐めるのも、泥遊びに夢中になるのも、菌を接種する役割もあるのだとか。

 いろんなモノや人に触れて、さまざまな菌に触れることで内臓が育っていく。頭であれこれ考えなくとも、身体は最初から答えを知っているように思えてくる。

 育児をしていると「じぶんの身体のこと、ほとんど知らないんだな」と思わされることばかり。ふだんどう息をしているのか、歩いているのか、栄養を吸収しているのか、意識せずとも身体は精妙に動いているものだから考えたこともなかった。

 じっさい子育ては、頭で考えてベストな選択肢を選んでいくゲームというよりも、全身を使って庭で自然の手入れをする感覚にずっと近い。どんなに考えても何が正解なのかわからないことも多く、頭でっかちのままではモヤモヤが募っていくだけなのだ。

 果たして、頭で考えた正しさや自由は、本当に正しいのか自由なのか。もっと身体の内側から生まれてくる真の自主性のようなものに、光りや温かさを感じてしまう。生物が背骨を持って陸にあがってから5億年、脳ができてたかだか20万年。脳という新参者がまったく振るわないのも当たり前なのかもしれない。

 つぎは10月に妻の実家に帰省する予定だ。地元のお祭りがあり、装飾された大きな山車が町を練り歩くらしい。きっと前回よりもはちゃめちゃな場になるはずだ。あのわんぱくな姪っ子たちにも、また遊んでもらおうと思う。菌をハントさせてもらおう。

 甥っ子を菌よばわりして、意地悪な大人だなという気がしなくもないが、不思議と心は晴れている。頭だけではなく、腹の奥底からそう感じているからだと思う。

©︎kengai-copywriter 銭谷 侑 / Yu Zeniya
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